文フリ東京36でいただいたフリペの感想とか#3(mah)

文フリ東京36

文フリに行ってきたので、ぼちぼちフリーペーパーの感想をしたためている。今回は第三弾。

 

いちごつみ30 2023.1.3-14 S 志賀玲太 H 橋爪志保

「いちごつみ」とは、交互に短歌を詠んでいくというもの。その際に、「前の歌(もう一人の人の歌)」から「一語(いちご)」を選んで使うというルールがある。

本作は、「いちごつみ」であることから、まとまった連作にしようとして連作を作ったわけじゃないはずなのに、全編を通しての一体感というかなんだろう、なんか空気感があり、透き通ってて素敵だった。

H 雑踏に背を見送って表情を戻せば笑っていたのに気づく

この歌は初見で好きになった。よく読んでいって「気づく」という表現にやられてしまった。

場面は駅の改札だろうか。あるいは改札から入って、それぞれ乗る電車が異なり、ホームへの階段前での別れたシーンなのかもしれない。とにかく、雑踏の中に消えていくのを眺めている。

このときに、歌は主人公のどんな気持ちを表しているのだろうか。それの答え合わせが「気づく」という最後の語だ。

「気づく」というこの言葉は、この歌の最後に置かれてみると、「意外性」と「距離感」を歌に与える語として機能している。これによってこの歌は「主人公が恋に自覚的になる瞬間」を表しているのだと思った。

というのは、もともとの恋人や好きな人だったら、雑踏に見送った後、さんざん笑ってた表情を戻したときに素の顔になるのはいつもどおりの当たり前のことなのだ。

なのに今回は「気づく」という過程がある。主人公は無意識にずーーーーーーっと笑って話をしていたのだ。別れた後でそのことに気づき、主人公はきっと自分の気持ちに自覚的になる。恋人になっていくのかもしれない。もしかしたらものすげーーーーーー仲の良い飲み友だちになるのかもしれない。めちゃくちゃよくないですか、この場面!

未来のことはこの歌からは分からないけれど、わたしとしては友だちではなく、「恋が始まったっちゃった」というシーンを採用したい。少女漫画みたいでかなり熱い!頑張れ主人公!

にしても、この「気づく」という語、仮に自分でこの歌作っていたとしてこの語の必然性に気づいて歌のしかも最後に入れれるかと考えると、結構難しいよなあと思った。

S 消えてった本音も空に浮かぶようにスマイル座とかわたしが探すよ

下の句だけでもファンを獲得できるであろう強い歌だと思った。というか、わたし自身が、下の句だけでこの歌を好きになった。

なのでまず下の句だけで見ていく。

<スマイル座とかわたしが探すよ>

「スマイル座」とか「わたし【が】探すよ」
スマイル座なんて星座は宇宙にはまだ存在しない。そうした現存しない宇宙空間という途方もない暗闇の中で、「スマイル」座をわたし「が」探すと言うのだ。

何の、広大な暗闇の中に、誰のスマイルを、わたしが探そうとしているのだろうか。

素直に考えてみる。わたし「が」と主格の格助詞「が」を採用していることから、逆にこの場所に「わたし」じゃない誰かが存在することが分かる。探す「よ」と終助詞の「よ」を用いることによって、探すよとそばいる「あなたに」言い聞かせていることが、ここでも分かる。

つまり下の句は、「宇宙の星々の中に「スマイル座」をわたし「が」探すよ」と相手に言い聞かせている場面を表していると思われる。

では上の句を見る。

<消えてった本音も空に浮かぶように>

この上の句では、主語が明示されていない。だから普通に読めば「わたし」が主語となり、「言えずに消えてったわたしの言葉たち、空に浮かぶように祈ってる」と、自己完結する。

しかし気づく。「あれ?空に浮かべたものってもしかしたらやがて星になるんじゃない?」「え、もしかして星ってやがてスマイル座としてわたしが探すんじゃない?」「ってことは上の句って、消えてった「あなた」の本音が、空に浮かぶようにと祈ってるんじゃない?」と。

そういうわけで、歌全体を見てみる。

<消えてった本音も空に浮かぶようスマイル座とかわたしが探すよ>

全体では、こんな意味を読み取ることができる。

「あなたが言えずに消えていった本音たちも空に浮かぶよう祈っている。浮かんだ本音はやがて空の中で星となる。その星々の中から、誰にもまだ見せていないあなたのスマイルをわたしが探してみせるよ」

おそらくこれは恋愛関係というよりは友情の話だと思う。恋愛がまざるとこれめちゃくちゃめんどくさくなるから(笑)

この歌好きだなあ。「スマイル座とかわたしが探すよ」とかなんかもう「青春」って感じでたまらない。

2首に通ずるもの

それぞれ作者が違うので「通ずる」ものではないのかもしれないけれど、「青春やばい」と思った。大人になってしまうと、こういうことってなかなか起こらない。

しかし思うのだけれど、青春をいつまで歌の題材にしてよいのだろう? なんか人さまのは歌についてはなんとも思わないし大好きなのですが、わたしは自分の中で「そろそろ高校生を主人公にしてる場合じゃないぞ」と思われそうということで、主人公の年齢を少し上げようとしている。それとも青春って好きに戻っていいものです? 誰か教えてください。青春大好きなんです。

 

では

文フリでいただいたフリペ感想シリーズはレスカ編は、これでおしまい(冊子や本になっているものはあとから読んでいきます)

はい、フリペ編、おしまいおしまい(mah)